2026年9月19日
その求人票、盛りすぎていませんか。「誰でも高収入」がNGワードになる理由
「未経験でも月収35万円」「誰でも高収入」——求人サイトで、こんな見出しを見かけたことはありませんか。
応募がなかなか集まらない時期に、条件を少し良く見せたくなる気持ちは理解できます。ですが、求人票の表示には法律上のルールがあり、実態から離れた「盛り」は、法令違反のリスクと、入社後のミスマッチという二重のツケを招きかねません。どこからが「盛りすぎ」なのか、線引きを整理します。
前提:「NGワード一覧」は法律にない
先に誤解を解いておきます。「誰でも」「高収入」といった言葉そのものを禁止する条文はありません。
問われるのは、表示が実態と合っているかです。「誰でも高収入」と書いても、実際にほぼ全員がその水準に届くなら問題になりにくい。逆に、一部の社員しか到達できない水準を、全員が得られるかのように見せれば、言葉が穏やかでも問題になり得ます。この記事のタイトルにある「NGワード」は、実態が伴わなければNGになりやすい言葉、という意味で使っています。
ルールの根拠:職業安定法第5条の4(的確な表示)
求人票の表示を規制しているのは、職業安定法第5条の4です。2022年10月1日に施行され、労働者の募集を行う者(求人企業)も対象です。
- 求人情報や自社に関する情報について、虚偽の表示または誤解を生じさせる表示をしてはならない(第1項)
- 募集に関する情報を正確かつ最新の内容に保たなければならない(第2項)
対象は、求人サイトやハローワークの求人票だけではありません。厚生労働省のリーフレットによれば、自社の採用ウェブサイト、電子メール、メッセージアプリ・アプリ等も対象の手段に含まれています。
何が「盛りすぎ」に当たるのか
厚生労働省は、虚偽の表示に該当する場合がある例として、次のようなものを挙げています。
- 実際に募集を行う企業と別の企業の名前で求人を掲載する
- 「正社員」と謳いながら、実際には「アルバイト・パート」の求人である
- 実際の賃金よりも高額な賃金の求人を掲載する
虚偽とまでは言えなくても、一般的・客観的に誤解を生じさせる表示は「誤解を生じさせる表示」に該当します。求人票で誤解を招きやすい代表的なパターンを、厚生労働省の例に沿って整理します。
| よくある「盛り」表現 | 何が問題になりやすいか | 誇張しない書き方の例 |
|---|---|---|
| 【月給】32万円(固定残業代が含まれているのに内訳なし) | → 固定残業代を基本給に含めて表示すると、誤解を生じさせる表示になり得る | ▶ 【基本給】25万円【固定残業代】7万円(時間外労働の有無に関わらず15時間分支給。15時間を超える分は追加で支給) |
| 【給与】400万円~【モデル給与】1000万円~(社内で最も高い人の例) | → 特に給与が高い社員の給与を、全員が得られるかのように例示すると誤解を生じさせる | ▶ 【給与】400万円~600万円【モデル給与】555万円(同職種社員の給与の平均) |
| 営業中心の仕事を「事務職」と表示 | → 実際の業務内容と著しく乖離する職種名は不可 | ▶ 「営業職(既存顧客への訪問が中心)」のように、実態そのままの職種名にする |
| 契約社員の募集を「試用期間中は契約社員」と表示し、正社員募集のように見せる | → 雇用形態を誤認させる | ▶ 契約期間・更新の有無・正社員登用の実績を、事実のまま書く |
| 「誰でも高収入」「未経験でも月収50万円」 | → 実際に達成できる人が一部に限られるなら、誤解を生じさせる表示になるおそれ | ▶ 「入社1年目の月収実績:22~30万円(〇年〇月時点)。インセンティブ次第で〇万円以上の実績あり」 |
上の表のうち、左列の1〜4行目の表現例と、右列の1・2行目(固定残業代・モデル給与)の書き換え例は、厚生労働省のリーフレットに沿ったものです。右列の3〜5行目の書き換え例と、5行目の「誰でも高収入」型の表現例は、リーフレットの例ではなく、上記の考え方をあてはめた当ブログの案・整理です。個別の表現が該当するかは、事実関係で決まるため、判断に迷う場合は労働局や社会保険労務士に確認してください。
違反したらどうなるか
「求人票の書き方くらいで」と思われがちですが、条文上の効果は軽くありません。
- 改善命令と公表:厚生労働大臣は、労働者の募集を行う者がこの法律に違反した場合、業務の運営を改善するために必要な措置を命じることができます(第48条の3第1項)。命令に従わなければ、その旨を公表される可能性があります(同条第3項)。
- 罰則:「虚偽の広告をなし、又は虚偽の条件を提示して」労働者の募集を行った場合、6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金の対象です(第65条第9号)。従来の「懲役」は、刑法改正で「拘禁刑」に変わっています。
- 両罰規定:従業員が業務に関して違反行為をした場合、行為者だけでなく法人にも罰金刑が科されます(第67条)。求人票を作ったのが担当者個人でも、会社が無関係とはなりません。
なお、第65条第9号の「虚偽」と、第5条の4の「誤解を生じさせる表示」は区別されています。「誤解を生じさせる表示」にとどまるものが、直ちに罰則の対象になるとは限りません。ただ、指導や改善命令の対象にはなり得るため、「虚偽ではないからセーフ」と考えるのは危険です。また、第48条の3第1項の改善命令に違反した場合も、第65条第8号の罰則の対象になります。改善命令は軽いものではありません。
「景品表示法は?」——求人企業の求人は、中心が別の法律
広告の誇張というと景品表示法を思い浮かべる方も多いのですが、ここは整理が必要です。
景品表示法が規制するのは、事業者が「自己の供給する商品又は役務の取引」について行う表示です。企業が従業員を募集する求人は雇用契約の募集であり、この「取引」にはあたらないため、求人企業の求人票は景品表示法の適用対象とは考えにくい、とする解説が見られます。個別の判断は専門家にご確認ください。
実際に景品表示法が使われた例は、人材サービス事業者が自社の就職支援サービスそのものを広告したケースです。消費者庁は2022年4月27日、株式会社DYMの「DYM就職」「DYM新卒」の表示について、優良誤認(景品表示法第5条第1号)にあたるとして措置命令を出しました。
つまり、求人企業が気にすべき中心は、景品表示法ではなく職業安定法です。ただし、求人ページの中で自社の商品やサービスを宣伝している場合、その部分は景品表示法の対象になり得ます。
盛った求人票が、入社後に返ってくる
法令面の前に、実務上の代償があります。
求人票の条件が実態と違えば、入社した人が「話が違う」と感じることがあります。労働基準法第15条第2項は、入社時に明示された労働条件が事実と相違する場合、労働者が即時に労働契約を解除できると定めています。求人票の内容と、入社時に明示する条件がずれていると、こうした相違が生じやすくなります。せっかく採用しても、早期に辞められるリスクを、自ら作りかねません。
採用と教育にかけたコスト、現場の負担、周囲の社員の不信感。採用に失敗したとき、1件でいくらの損失になるかは、採用ミスの代償——採用ミス1件でいくら損するかで整理しています。本記事は、その原因のひとつである「求人票の盛り」を、法令面から見たものです。
誇張せずに魅力を伝える、4つの書き換え方
盛らなければ応募が来ない、というわけではありません。事実の中から、伝わる材料を選び直すのが基本です。
- 平均・実績で書く:最高額ではなく、同職種の平均や、入社〇年目の実績を示す。「モデル給与」は、平均など実態を反映した値を使う(厚生労働省の例では、同職種社員の給与の平均を例示)。
- 内訳を見せる:基本給・固定残業代・手当を分け、固定残業代は対象時間と、超過分の扱いまで書く。
- 数字で具体化する:「アットホーム」より「社員12名、平均勤続年数6年」。実績値は、いつ時点のものかも添える。
- 厳しい点も先に書く:繁忙期の残業、転勤の可能性、体力面の負担。ここを隠さない会社は、書いてある良い点の信頼度も上がりやすくなります。
条件の書き方を工夫して応募が増えた事例は、「給料の書き方を変えたら応募が増えた」——求人票の「給与欄」は伝え方で印象が変わるも参考になります。
自社の求人票チェックリスト
- [ ] 表示している賃金は、実際に支払う金額(下限)と一致しているか
- [ ] 固定残業代は、基本給と分けて、対象時間と超過分の扱いを書いているか
- [ ] モデル給与・実績は、一部の人ではなく、平均的な水準を示しているか
- [ ] 職種名・雇用形態・勤務地は、実態と合っているか
- [ ] 募集を終了・条件を変更した求人を、そのまま掲載し続けていないか(自社サイト・求人媒体とも)
- [ ] 求人媒体から訂正・変更を依頼されたとき、速やかに対応できる体制があるか
まとめ
- 「誰でも高収入」という言葉自体が禁止なのではなく、実態と合っているかが問われる
- 求人企業も、職業安定法第5条の4により、虚偽の表示・誤解を生じさせる表示が禁止されている(2022年10月1日施行)
- 違反には、改善命令・公表、虚偽の広告等には6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金(第65条第9号)があり、法人にも罰金刑が及ぶ(第67条)
- 求人企業の求人票は、景品表示法の適用対象とは考えにくいとする解説が見られる。中心は職業安定法
- 盛った求人票は、入社後に「話が違う」と感じさせ、契約解除・早期離職を招きかねない。平均・内訳・数字・厳しい点の開示で誠実に書くほうが、結果的に定着しやすくなる
自社の求人票が「盛りすぎ」になっていないか、自分では判断しにくいものです。採用全体のどこにズレがあるかを確かめたい方は、まずうちの採用、どこが間違ってる?——読みながらわかるセルフ診断で現状を確認してみてください。
よくある質問
Q1. 「高収入」「好待遇」といった曖昧な言葉も禁止ですか?
言葉自体を禁止する規定はありません。ただし、根拠となる実態がなければ、誤解を生じさせる表示に当たるおそれがあります。具体的な数字や条件を添えて書くのが安全です。
Q2. 実際に支払う金額より、少し多めに書いてしまいました。すぐ直すべきですか?
直すべきです。実際の賃金より高額な賃金を掲載することは、厚生労働省が虚偽の表示の例として挙げています。求人票を速やかに訂正し、すでに応募や面接が進んでいる人には、正しい条件を伝えてください。
Q3. 自社の採用サイトやSNSの投稿も対象ですか?
自社の採用サイトは対象です。SNS投稿も、ウェブサイト等による情報提供にあたる場合は対象になり得ます。厚生労働省のリーフレットでは、ウェブサイト、電子メール、メッセージアプリ・アプリ等が対象の手段とされています。
Q4. 求人票の内容を面接で説明し直せば、盛った表示は問題になりませんか?
面接での説明とは別に、求人情報の表示そのものが規制の対象です。また、求職者に労働条件を明示する義務も別にあります。
出典
– 職業安定法(昭和22年法律第141号)第5条の4・第48条の3・第65条・第67条(e-Gov法令検索)
– 厚生労働省リーフレット「労働者の募集ルールが変わります」(PDF)
– 消費者庁「株式会社DYMに対する景品表示法に基づく措置命令について」(消費者庁)
→ 関連記事: 求人票通りに人を雇えていますか?2024年法改正で厳格化された「労働条件明示」のズレ / 「35歳以下歓迎」はもう書けない。求人票の年齢条件、法律ではどこまでOKか / 知らないと危ない。求人・面接で経営者がやりがちな法律NG行為