2026年11月1日

中途採用の給与、前職に合わせるべき?既存社員と揉めない決め方

地方の事務所で、50代の経営者が中途採用の候補者に給与の決め方を説明している様子

面接の終わりに「前の会社では、いくらもらっていましたか」と聞き、その金額に少し上乗せして提示額を決める。社員30人ほどの会社で、採用も給与計算も社長ご自身が担っていると、こうした決め方は珍しくないと思います。基準を一から作る時間はなく、本人が納得しやすい金額でもあるからです。

ただ、この決め方を続けていると、入社から半年ほどたったころに「なぜあの人のほうが高いのか」という声が出てくることがあります。

結論から書きます。中途採用の給与は、前職給与を「参考情報」にとどめ、自社の基準を軸に決めるのがおすすめです。 前職給与は相手の期待値を知るためには役に立ちますが、自社の中での公平さは保証してくれません。この記事では、前職給与に合わせることで起きやすい問題、自社基準で提示額を決める手順、前職給与の確認方法と提示時の伝え方を順に整理します。

前職給与に合わせると、何が起きやすいか

前職給与を基準にすると、その場の交渉はまとまりやすくなります。一方で、次のような問題が後から表に出やすくなります。

起きやすいこと 背景 表に出るタイミング
既存社員との逆転  → 同じ仕事をしている社員より、新しく入った人の給与が高くなる  → 雑談などのちょっとしたきっかけで、給与の差が伝わったとき
説明のつかない差  → 同じ時期に入った人どうしでも、前職の業界や会社規模によって給与がばらつく  → 本人どうしで比べたとき
昇給の設計が崩れる  → 入口の給与が人によってばらばらなので、昇給のルールを当てはめにくい  → 翌年の昇給を決めるとき
前職の事情を引き継ぐ  → 前職の給与には、その会社の業績や地域、本人の交渉の上手さなどが混ざっている  → 入社後の仕事ぶりと給与が見合わないと感じたとき

給与の差は、社内で知られることを前提に考えておいたほうが安全です。人と人の距離が近い小さな会社では、なおさら伝わりやすい面があります。

また、前職給与にそのまま合わせると、前の会社の中にあった差まで引き継いでしまうおそれがあります。たとえば、性別を理由に賃金で差をつけることは労働基準法で禁じられています。前職の差をそのまま持ち込んでいないか、一度立ち止まって確認しておくと安心です。具体的な判断は専門家に確認してください。

地方の会社で迷いやすい3つの場面

前職給与との差で迷いやすいのは、たとえば次のような場面です。どれも「前職に合わせるか、自社に合わせるか」で判断が割れやすいところです。

都市部からUターン・Iターンで来る人

都市部の会社で働いていた人は、前職給与が自社の水準より高いことがあります。一方で、本人は通勤時間や家族との時間、住まいの費用など、給与以外の条件も含めて地元に戻ることを考えている場合もあります。給与だけで比べず、本人が何を重視して転職を考えているのかを面接で確かめると、提示額の伝え方が変わってきます。

大きな会社から来る人

規模の大きな会社では、基本給とは別に手当や賞与の割合が大きいこともあります。「年収でいくら」と聞くだけでは、自社の給与と同じ物差しで比べられません。基本給・手当・賞与を分けて聞くと、実際にどこに差があるのかが見えてきます。

同じ地域の同業他社から来る人

同業から来る人は仕事を覚えるのが早く、即戦力として期待しやすい存在です。ただ、同じ地域の同業者どうしは給与の情報も伝わりやすく、前職に合わせて上乗せすると、社内だけでなく取引先や地域の中でも「あの会社は高く出して引き抜いた」と受け取られることがあります。自社の基準で決めた金額であることを、説明できるようにしておくと安心です。

自社の基準を軸に決める4ステップ

賃金表のような立派な制度がなくても、最低限の基準は作れます。次の4ステップで考えてみてください。

ステップ1:任せる仕事と役割を書き出す

まず、「この人に何を任せるか」を書き出します。同じ「営業」でも、既存顧客を回るのか、新規開拓まで任せるのか、後輩の指導もお願いするのかで、ふさわしい給与は変わります。給与は人ではなく、任せる仕事に対して決めるという考え方です。

ステップ2:同じ仕事をしている既存社員の給与を並べる

次に、同じような仕事をしている社員の給与を一覧にします。基本給と手当を分けて書き出すと、どこに差があるのかが見えやすくなります。既存社員がいない新しい職種の場合は、近い役割の社員を参考にします。

ステップ3:提示額の「幅」を先に決める

一覧をもとに、「この仕事なら、この範囲」という幅を決めます。経験やできることに応じて幅の中で位置を決める形にしておくと、人によって提示額が違っても理由を説明できます。

ステップ4:前職給与と照らし合わせる

ここで初めて前職給与を見ます。順番を逆にしないことが大切です。

前職給与と自社の幅の関係 考え方の例
自社の幅の中に収まる  → 幅の中で経験に応じた位置を提示する
自社の幅より低い  → 前職に合わせて下げず、自社の基準で提示する
自社の幅より高い  → 幅を超えて合わせるかを、既存社員との関係も含めて検討する

前職給与が自社の幅より低い場合、前職に合わせて低く提示すると、入社後に同じ仕事をしている社員との差に本人が気づき、不満の種になりがちです。自社の基準で提示したほうが、長く働いてもらうという意味でも筋が通ります。

なお、給与は地域ごとの最低賃金を下回ってはいけません。最低賃金は毎年見直されるため、提示前に最新の金額を確認しておきましょう。

前職給与が自社の幅を超えるときの判断

即戦力の人ほど、前職給与が自社の幅を超えることがあります。そのときに考える選択肢を整理しておきます。

選択肢 向いている場面 注意点
幅の上限で提示し、仕事の中身や働き方で納得してもらう  → 給与以外の条件(通勤、休み、任される範囲など)に魅力がある  → 給与の差を埋める材料を具体的に伝える
役割を広げて、それに見合う給与にする  → 指導役や新しい事業の担当など、任せたい仕事が実際にある  → 名目だけの役割にしない
既存社員の給与もあわせて見直す  → 自社の給与水準そのものが周りより低くなっている  → 一人の採用で全体の人件費が動くため、慎重に判断する
今回は見送る  → どの方法でも社内の公平さが保てない  → 無理に合わせると、後で調整するほうが大変になる

気をつけたいのは、「とりあえず高めに出して、入社後に様子を見て下げる」という考え方です。一度合意した給与を会社の都合だけで下げることは、原則として本人の同意なしにはできないと考えておくほうが安全です。実際に変更が必要になった場合の扱いは、社会保険労務士などの専門家に確認してください。

試用期間中の給与をどう設定するかは別の論点になります。詳しくは試用期間の給料は下げてもいい?で整理しています。

前職給与の確認方法と、扱うときの注意

前職給与を参考にする場合でも、聞き方と扱い方には配慮が必要です。

面接で聞く場合
「前職ではどれくらいの給与でしたか」と聞くこと自体は、本人の希望を知る手がかりとして多くの面接で見られるやり方です。ただし、それだけで提示額を決めるのではなく、「希望の金額」と「その理由」もあわせて聞くと、相手が何を重視しているかがわかります。

書類で確認する場合
年の途中で入社した人には、年末調整のために前の会社の源泉徴収票を提出してもらうのが一般的です。これは入社後の手続きのためのものです。選考の段階で給与の証明として提出を求める場合は、職業安定法で、応募者の個人情報は目的を明らかにしたうえで、必要な範囲で集めることが求められています。

  • 何のために確認するのかを本人に伝えているか
  • 本人の同意を得たうえで提出してもらっているか
  • 提示額を決めるために必要な範囲を超えていないか
  • 不採用になった人の書類を、いつ・どう処分するか決めているか

選考段階で証明書類を求めることが適切かどうかは、状況によって判断が分かれます。迷う場合は専門家に確認してください。

面接での質問全般の注意点は、採用で気をつけたい法律のNGもあわせてご覧ください。

提示額の伝え方:数字より先に「決め方」を伝える

前職給与より低い金額を提示するとき、数字だけを伝えると「安く見られた」と受け取られがちです。数字の前に、決め方を伝えるのがおすすめです。

伝える順番の例です。

  1. 任せたい仕事と期待している役割
  2. 社内で同じ仕事をしている人と同じ基準で決めていること
  3. 提示額と、その内訳(基本給・手当)
  4. 昇給の考え方と、次に見直すタイミング
  5. 給与以外の条件(休み、通勤、働き方など)

前職給与より高い金額を提示する場合も、決め方を伝えることは同じくらい大切です。「前の会社より上がった」という印象だけが残ると、翌年以降の昇給にも同じ伸びを期待されやすくなります。どの仕事を任せることへの対価なのか、次の見直しはどんな基準で行うのかを、最初に共有しておきましょう。

前職より低い場合は、「前の会社より低いのは承知しています。そのうえで、社内の皆さんと同じ基準で決めた金額です」と率直に伝えておくと、後から差が見えたときにも信頼を保ちやすいと考えます。

決まった給与は、口約束で終わらせず書面で示しましょう。賃金は、労働基準法で書面などによる明示が求められている項目です。記載の仕方は内定通知書、テンプレのままで大丈夫?で詳しく取り上げています。

入社前に確認したいチェックリスト

  • [ ] 任せる仕事と役割を書き出した
  • [ ] 同じ仕事をしている既存社員の給与と比べた
  • [ ] 提示額の幅を、前職給与を見る前に決めた
  • [ ] 前職給与を確認する目的を本人に伝え、同意を得た
  • [ ] 提示額が地域の最新の最低賃金を下回っていないか確認した
  • [ ] 基本給と手当の内訳を整理した
  • [ ] 昇給の考え方と見直しの時期を説明できる
  • [ ] 給与を書面で示す準備ができている
  • [ ] 既存社員に聞かれたとき、決め方を説明できる

よくある疑問

Q. 前職給与を聞くこと自体は問題ありませんか?
本人の希望や期待を知る手がかりとして聞くこと自体は、珍しいことではありません。ただ、聞いた金額だけで提示額を決めるのではなく、自社の基準と照らし合わせる材料として使うのが安全です。聞き方や記録の残し方に不安がある場合は、専門家に確認してください。

Q. 申告された前職給与が本当か、確かめたほうがいいですか?
提示額を自社の基準で決めていれば、前職給与が多少違っていても提示額は大きくぶれません。確かめる必要性そのものが小さくなるのも、自社基準で決めるメリットです。書類で確認する場合は、目的を伝えて同意を得てからにしましょう。

Q. 既存社員の給与が、新しく採る人の提示額より低いことに気づきました。
採用をきっかけに、既存社員の給与を見直すかどうかを考えるよい機会です。全員を一度に見直すのが難しくても、どの仕事にどの幅を当てはめるかを決めておくと、次の昇給の判断がしやすくなります。給与を公開するかどうかを含めて考えたい場合は、給与テーブルを「公開」すると採用はどう変わるかも参考になります。

Q. 人手が足りないので、前職給与に合わせてでも早く採りたいです。
急いでいるときほど、その場の判断が後に残ります。どうしても合わせる場合は、なぜその金額にしたのか、任せる仕事との関係をメモに残しておきましょう。後で既存社員に説明するときや、次に採用するときの基準として役立ちます。

Q. 経験年数が長い人は、その分だけ高くするべきですか?
経験年数そのものより、その経験が自社で任せる仕事にどれだけ生きるかで考えるのがおすすめです。同じ10年の経験でも、業種や担当していた仕事によって、入社後すぐにできることは変わります。面接で「入社後に最初に任せたい仕事」を具体的に伝え、どこまでできそうかを一緒に確かめると、幅の中のどこに置くかを決めやすくなります。

まとめ

  • 前職給与は相手の期待値を知る「参考情報」で、自社の中での公平さは保証してくれない
  • 前職給与に合わせると、既存社員との逆転や説明のつかない差が生まれがち
  • 提示額は「任せる仕事 → 既存社員の給与 → 幅 → 前職給与」の順で決める
  • 前職給与が自社の幅を超えるときは、上限で提示する・役割を広げる・全体を見直す・見送るの中から選ぶ
  • 前職給与を書類で確認するときは、目的を伝えて本人の同意を得る
  • 提示するときは数字より先に決め方を伝え、決まった給与は書面で示す

中途採用の提示額の決め方や、既存社員との給与のバランスで迷ったときは、お気軽にご相談ください。御社の状況に合わせて一緒に整理します。

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