2026年11月4日

同業他社から来た即戦力、採用後に揉めないための確認事項と進め方

地方の事務所で、50代の経営者が同業での経験をもつ応募者と向かい合い、落ち着いて面接をしている様子

近くの同業の会社で長年働いてきたという人から、応募が届く。仕事の中身は一から教えなくてもわかっていて、取引先や業界の事情にも明るい。社員30人ほどの地方の会社にとって、これほど心強い応募はなかなかありません。

ところが、いざ面接の日程を決める段になって、「前の会社から文句を言われないだろうか」「お客さんを連れてくる話になったら、うちが引き抜いたと思われないか」と、急に不安になる社長も多いのではないでしょうか。地方は同業者どうしの距離が近く、顔も名前も知っている相手だからこそ、気を使います。

結論から書きます。同業他社からの転職者を採ること自体は、原則として問題ではありません。ただし、「前の会社との約束」を面接のうちに本人へ確認し、「前の会社の情報」を持ち込ませない・聞き出さない、という線引きを先に決めておくことが大切です。 この2つを書面や記録に残しておけば、採用後に揉めるリスクをかなり減らせると考えます。この記事では、何が問題になりうるのかから、面接・内定・入社後の確認事項、前職から連絡が来たときの対応まで、順に整理します。

同業からの採用で、気をつけたいこと

同業他社の出身者を採るとき、会社が気をつけたいのは、大きく次の3つです。

気をつけたいこと どんな話か 会社として意識すること
前職との約束(競業避止・秘密保持) 前の会社と、退職時などに「同業へは転職しない」「在職中に知った秘密は漏らさない」といった約束をしていることがある 採用前に、本人にその有無と内容を確認する
前職の情報の持ち込み 前の会社の顧客リストや価格表、図面などを、本人が持ち出して使ってしまう 持ち込ませない、聞き出さない。入社時に書面で確認する
引き抜きの進め方 在職中の人に声をかけたり、顧客ごと移ってきてもらう話になったりする 進め方によっては、前の会社との間で問題になりうる点を知っておく

この3つはどれも、「採用する側の会社が、何も知らなかった」では済まないことがある点が共通しています。本人の問題だと切り離さず、会社として確認する手順を持っておくことが、結果的に会社も、転職してくる本人も守ることになります。

「競業避止義務」とは何か

最初に、よく聞く「競業避止義務」について、基本の考え方を整理しておきます。

競業避止義務とは、簡単にいえば「同業の会社で働いたり、同じ事業を始めたりしない」という約束のことです。在職中は同業を兼ねるのは認められにくいのですが、問題になるのは、退職したあとの話です。

場面 一般的な考え方
約束がない場合 退職後は職業選択の自由があるため、同業に転職すること自体は原則として自由とされる。退職後の競業避止義務は、就業規則や本人との合意など、別の根拠が必要と理解されるのが一般的
約束がある場合 就業規則や誓約書に定められていても、職業選択の自由を過度に制限するものは、公序良俗に反して無効とされることがある
約束の有無にかかわらず 前の会社の営業秘密を使う、顧客を奪うために信用をおとしめるなど、不当な方法での競業は問題になりうる

約束があった場合に有効かどうかは、裁判では次のような点が総合的に判断されると、経済産業省の「秘密情報の保護ハンドブック」などで整理されています。

判断の要素 見られる内容
守るべき会社の利益 営業秘密や独自のノウハウなど、約束で守る必要があるものがあるか
本人の地位 本人がその情報に接する立場だったか
地域の限定 範囲が広すぎないか
期間 同ハンドブックの整理では、1年以内は肯定的に見られる傾向、2年では否定的な判断の例もある
禁止される行為の範囲 抽象的でなく、業務内容などで絞られているか
代償措置 制限の見返りとなる手当などがあったか

ただし、これらは裁判例の傾向であり、個々の事案によって結論は変わります。「約束があるから転職できない」とも、「約束があっても無効だから大丈夫」とも、会社が自分で決めつけないことが大切です。 判断が必要になった場合は、弁護士や社会保険労務士などの専門家に確認してください。

参考までに、競業避止の特約がないまま退職した人が、元の会社の取引先から仕事を受けた件について、営業秘密を使ったり、元の会社の信用をおとしめたりするなどの不当な方法ではなく、自由競争の範囲内だとして、不法行為にあたらないと判断した最高裁判決(2010年)があります。約束がなければ何をしてもよい、という意味ではありませんが、退職後の同業での仕事が一律に制限されるわけではない、という考え方の背景になっています。

面接から内定までに確認する5つのこと

では、実際にどう確認するか。面接や内定の段階で、次の5点を本人に聞いておきます。

確認すること 聞き方の例 気をつけたい点
① 前職で結んだ約束の有無 「前の会社で、退職後の転職や秘密保持について、誓約書などを書いていませんか」 書類の全文を出させる必要はない。「ある・ない」と、おおよその内容を確認する
② 担当していた仕事と相手先 「どんな仕事を、どのくらいの規模のお客さんに対して担当していましたか」 経験として聞くのは問題ないが、個別の取引条件までは聞かない
③ 退職の時期と進め方 「前の会社には、いつ頃どう伝える予定ですか。引き継ぎはどうなりそうですか」 円満に退職できるかどうかで、入社後の関係も変わる
④ 持ち出している資料の有無 「前の会社の資料やデータを、手元に持っていませんか」 「持っていても使わない・持ち込まない」旨を入社時に改めて確認する
⑤ 前職との今後の関係 「前の会社の方と、今後どんな関わり方になりそうですか」 取引先の窓口だった人が転職してくる場合は、とくに慎重に

とくに①は、本人が「たぶん大丈夫です」と答えるだけで終わらせず、「確認した」という記録を残すことが大切です。面接の評価シートや、採用時のメモに、「前職との競業・秘密保持の約束:なし(本人申告)」のように書いておくだけでも、後から「会社として確かめた」と説明できます。なお、前職に直接確認する場合は、本人の同意を得たうえで進める必要があります。前職への確認の考え方は、「前職に確認する」という選択肢——中小企業のリファレンスチェック入門で整理しています。

聞いてはいけないこと、聞かなくてよいこと

同業の人が相手だと、つい、前の会社の内情が気になります。しかし、次のような質問は避けてください。

  • 前の会社の、特定のお客さんへの価格や値引きの条件
  • 原価、利益率、仕入れ先との取引条件
  • 未公開の新商品や、今後の営業計画
  • 前の会社の顧客名簿や、社内の人事・給与の情報

聞いていいのは、本人の経験・能力・実績です。たとえば「どんな規模のお客さんを何社くらい担当したか」「どんな工夫で受注を増やしたか」は、本人の仕事ぶりを知るための質問です。一方、「A社にはいくらで出していたのですか」は、前の会社の秘密を聞き出す質問になりえます。この線引きは、知らないと危ない。求人・面接で経営者がやりがちな法律NG行為で整理している「面接で聞いてよいこと・避けるべきこと」とあわせて、面接官全員で共有しておくとよいでしょう。

また、即戦力に期待するあまり、「前の会社のお客さんをうちに回してもらえるのでは」と考えてしまうことにも注意が必要です。即戦力を求める求人の考え方は、「即戦力募集」の求人ほど応募が来ない矛盾で触れていますが、採用の目的は本人の経験と力を活かしてもらうことで、前の会社の資産を持ってきてもらうことではない、と社内で確認しておくことが、トラブルを防ぐ最初の一歩です。

内定から入社初日までにやること

内定を出すとき、そして入社初日には、次の準備をしておきます。

「持ち込まない・使わない」を書面で確認する

入社時に、前の会社の資料やデータを持ち込まない・使わない旨を、本人に書面で確認しておきます。経済産業省のハンドブックでも、転職者の採用時に、転職元の秘密情報を持ち込ませない旨の書面での確約を取ることが、対策の一つとして紹介されています。

入社時の確認書に入れておきたい項目の例

  • 前の会社の書類・データ・顧客情報を、会社に持ち込まないこと
  • 前の会社の秘密にあたる情報を、業務で使わない・他の社員に話さないこと
  • 前の会社に対して、退職後も守る約束(秘密保持など)がある場合は、会社に申告すること
  • 迷ったときは、自分で判断せず、社長や担当者に相談すること

書面を取ったからといって、問題が起きないと保証されるわけではありません。ただ、「会社としては持ち込ませない方針だった」ことを示す一つの材料になります。書式の内容は、専門家に確認してもらうと安心です。なお、入社時に提出してもらう書類の全体像は、内定通知書の記載事項や、身元保証書など別の書類とあわせて整理しておくとよいでしょう。

具体的に「何がだめか」を伝える

「前の会社の情報は使わないでください」とだけ伝えても、本人は何がだめなのか迷います。次のように、具体的に示します。

だめなこと 例
持ち込む 前の会社の顧客リスト、見積書の控え、図面、写真などの資料
個人の機器で移す 私物のUSBメモリや個人のクラウドに保存したデータを、会社のパソコンに移す
前の会社の仕組みから取り出す 前の会社のアカウントにログインして、情報を取得する
使い回す 前の会社の見積書の様式や価格表を、そのまま自社で使う

入社後に気をつけること

入社したあとも、気をつけたい点があります。

場面 避けたいこと こうしておく
配属・担当 入社直後から、前の会社の主要顧客だけを担当させる 仕事の割り振りは、本人の経験と自社の必要で決める
声かけ 「前の会社のお客さんにも、挨拶に行ってきて」と頼む 取引先への連絡は、会社の通常の営業の進め方に沿って行う
会話 「前の会社はどうだった?」と、内情を聞き出す 業界の一般的な話や、本人が働きやすくなる話にとどめる
社内の見方 「あの会社から来た人」として特別扱いする ほかの中途入社の社員と同じように育て、評価する

とくに、お客さんの連れてきてほしさに、本人に営業を急かすのは避けたいところです。前の会社との関係がこじれる原因にもなりますし、本人も板挟みで苦しくなります。試用期間の使い方については、試用期間を「お試し期間」で終わらせない使い方も参考にしてください。

前の会社から連絡が来たら

どれだけ注意しても、前の会社から「うちの社員を引き抜いたのではないか」「持ち出した情報を使っていないか」と連絡が来ることはあります。そんなときは、次の順で対応します。

順番 やること ポイント
① まず落ち着いて、内容を聞く その場で認めたり、強く否定したりしない
② 事実を整理する 本人から事情を聞き、面接や入社時に取った確認記録を見直す
③ 社内で窓口を一本化する 社長や担当者が対応し、社員が個別に返事をしない
④ 専門家に相談する 弁護士などに、回答の内容や進め方を相談する
⑤ 本人を一方的に責めない 事情を丁寧に聞き、必要な対応を一緒に考える

①の「その場で認めない・否定しない」が大切です。事実がはっきりしないうちに、「持ち出していません」「うちは関係ありません」と言い切ってしまうと、あとで事実と違うことがわかったときに、かえって関係を悪くします。また、相手が同業の近隣の会社であれば、今後も顔を合わせることを考えて、丁寧に対応するのが無難です。

「引き抜いた」と言われないために

地方では、同業者どうしの関係が長く続きます。同業から人を採るときは、法律上の問題だけでなく、地域での関係を壊さない進め方も考えておきたいところです。

  • 在職中の人に、会社から積極的に声をかけて回らない(相手が応募してきた形を基本にする)
  • 前の会社の社員が、ほかにもいる場合、続けて何人も採用する形にならないように、時期や人数に気を配る
  • 前の会社の悪口を、面接でも社内でも言わない・言わせない
  • 本人が前の会社に退職を伝えるときは、引き継ぎの期間を十分に取れるよう、入社日を調整する

引き抜きについては、社会的に相当と認められない方法で社員に働きかけた場合には、不法行為にあたると判断された裁判例もあると言われています。どこからが問題になるかは、事案ごとに判断されるため、「こう進めれば必ず大丈夫」と言い切れるものではありません。判断に迷うときは、専門家に確認してください。

同業から採用するときのチェックリスト

  • [ ] 面接のうちに、前の会社と結んだ約束(誓約書・競業・秘密保持)の有無を本人に確認した
  • [ ] 確認した内容を、面接メモや評価シートに記録した
  • [ ] 前の会社の秘密にあたることを、面接で聞いていない
  • [ ] 前の会社の資料やデータを持っていないか、確認した
  • [ ] 入社時に、前の会社の情報を持ち込まない・使わない旨を書面で確認した
  • [ ] 具体的に何がだめかを、本人に伝えた
  • [ ] 入社後、前の会社のお客さんを狙った営業を、本人に求めていない
  • [ ] 前の会社から連絡が来たときの窓口と手順を決めた
  • [ ] 判断に迷う点は、専門家に確認する用意がある

よくある疑問

Q. 前の会社と競業避止の約束をしていると聞いたら、採用できませんか?
一概に「採用できない」とは言えません。約束があっても、内容や本人の立場によっては、有効かどうかが分かれます。ただ、会社が自分で有効・無効を判断するのは危険です。約束の内容を本人から聞き取ったうえで、採用を進めるか、時期や担当業務を調整するか、専門家に確認して決めてください。

Q. 誓約書は、同業から来る人には必ず取るべきですか?
法律で必ず取らなければならないものではありません。ただ、前の会社の情報を持ち込ませない方針を、会社として本人に伝えて確認した証拠として、取っておくと安心です。中核的な仕事をしていた人を迎える場合は、とくに慎重に進めることが考えられます。書式は専門家に確認してもらうとよいでしょう。

Q. 本人が、前の会社との契約書や誓約書の内容をよく覚えていないと言います。
記憶があいまいなときは、本人と一緒に、どんな書類にいつ署名したか、どんな場面だったかを思い出してもらいます。写しが本人の手元にあれば確認できますが、前の会社の書類に秘密が含まれることもあるため、全文の提出を求めることにはこだわりません。確認できた範囲と、確認できなかった点を、記録として残しておきます。

Q. 同業の会社から人を採るのは、地域の付き合いの面で、やはりよくないことでしょうか?
同業から人を採ること自体は、悪いことではありません。人が動くのは自然なことで、本人の意思で応募してきた場合は、なおさらです。ただ、地域の関係が長く続くからこそ、進め方への気づかいは大切です。前の会社の悪口を言わない、引き継ぎの時間を十分に取るなど、できる範囲の配慮が、のちの関係を守ります。

Q. 逆に、自社の社員が同業に転職するのを防ぐ約束は、結べますか?
この記事は、採用する側の確認事項が中心です。退職する社員に競業避止の約束を求める場合は、職業選択の自由とのかねあいがあり、内容によっては無効とされることがあります。就業規則や誓約書の作り方は、専門家に確認してください。

まとめ

  • 同業他社からの転職者を採ること自体は、原則として問題ではない
  • 退職後の競業避止義務は、一般に就業規則や本人との合意など別の根拠が必要で、約束があっても有効かどうかは内容次第。会社が自分で判断せず、専門家に確認する
  • 面接のうちに、前の会社と結んだ約束の有無を本人に確認し、その記録を残す
  • 前の会社の秘密にあたることは、面接で聞き出さない。聞くのは本人の経験・能力・実績にとどめる
  • 入社時に、前の会社の情報を持ち込まない・使わない旨を書面で確認し、何がだめかを具体的に伝える
  • 前の会社から連絡が来たときは、その場で認めも否定もせず、窓口を一本化して専門家に相談する
  • 地域の関係が長く続くからこそ、引き抜きと受け取られない進め方と、前の会社への配慮を心がける

同業からの採用で、面接でどこまで確認するか、入社時の確認書をどう作るかなど、迷うことがあれば、お気軽にご相談ください。御社の状況に合わせて、一緒に整理します。

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